ceis(一般社団法人 環境情報科学センター)  
  欧州の環境への取組み―事務局滝本の目― 2013年5月 第7号


















東部ドイツ都市改造プログラム Stadtumbau Ost






















































住居環境重視
都市経営の軽量化





































前号では、人口減少、少子高齢化の時代に対応するには、過大となったインフラを人口に合わせた規模に小さく、少なくし、都市を現状に合わせた効率の良い規模に縮小していくという考え方が必要となってくるという問題意識から、「縮小都市」という考え方、その事例を紹介しました。今号では、もう1例、ドイツの事例を紹介し、第6号でみた考え方や事例を踏まえ、日本での取組みとの相違や、課題点を整理してみたいと思います。

まず、2002年以後、国家政策として取り組み始めた、連邦政府の「東部ドイツ都市改造プログラム」(Stadtumbau Ost)をアイゼンハッテンシュタット市(Eisenhüttenstadt)(ブランデンブルク州)を例に紹介します。同市は、下記の地図からもわかるように、ポーランドと国境を接する、ドイツ東部に位置しています。

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アイゼンハッテンシュタット市の位置


事例の紹介②
―アイゼンハッテンシュタット市住宅政策


「東部ドイツ都市改造プログラム」の目的は、東部ドイツ都市の都市問題を住宅政策によって改善することであり、具体的には、住宅の密度を下げることで市街区域の価値を上げ、生活の質を向上させること、都市問題を住宅政策によって改善すること、質の高い住宅開発に予算枠を割いて、少子高齢化の進む成熟社会に対応するものです。

プログラムには、旧東ドイツ252自治体を含む、計352の自治体が、820以上の政策をもって参加しました。各自治体は、都市計画や開発戦略を策定し、連邦政府のコンペに参加、承認されると、空き家の解体にあたり60~70ユーロ/㎡の補助金が給付されます。

プログラムの財源は、連邦政府・州が2分の1ずつの負担で、2009年の終了年まで、約25億ユーロが計上されました。

不要な住宅を解体することによって、都市内の建物密度が下がり、多くのオープンスペースができます。このプログラムでは、そのオープンスペースを緑化したり、公園としたりすることで、住環境を重視した都市づくりを目指しました。

また、このプログラムを通じて、経営難に陥っていた住宅開発公社、住宅組合を融資により救済させることも狙いとしています。

アイゼンハッテンシュタット市では、2002年「東部ドイツ都市改造プログラム」に参加するため、「縮小政策(都市計画および開発戦略)」を策定し、連邦政府の企画コンペで承認され、補助金を取得しました。

この政策の背景には、第6号で紹介した①の事例と同じように、東西ドイツ統一という大きな社会的変化によって、製鉄産業の縮小、雇用の縮小およびそれに伴う人口の縮小による問題が顕在化したことが挙げられています。人口構造も高齢化が進み、特に20~34歳の若い女性が顕著に少ない状況で、失業率は、1990年に4.5%、1997年に20.1%、2004年に20.5%と非常に高い状況になっていました。

人口減少に伴い、社会主義時代の集合住宅の空き室も増加し(約100万戸)、維持管理費や安全面での問題が顕在化、また、幼稚園・小学校等の公共サービスの人口あたりのコストも上昇し、税収減に伴う、公務員削減の必要性にも迫られていました。

そこで、住居環境重視の環境づくり、都市経営の軽量化を目的として、この住宅政策が開始されましたが、具体的な施策の主なものは、以下の取組みです。

・集合住宅を計画的に取り壊す(2003年より事業開始)
・対象は、東ドイツ時代最後に建設された地区(都心から一番遠く、建築水準が劣悪、30~40%の空室率)。
・3,500のフラットの取り壊しを計画。
・取り壊しに伴う住民の引越し費用はすべて住宅公社が負担。
・都市構造をコンパクトにし、その中心に文化的な施設等を集積する
・コスト増となった行政サービスを削減する
・幼稚園の統廃合(12施設のうち、4施設の閉鎖)

この取組みには、「東部ドイツ都市改造プログラム」からの補助金が充てられていますが、建物の取り壊しに対しては、一律 € 60/㎡が支払われ、物理的なインナーシティ地区の改良には、総額の2/3が連邦政府と州政府より補助されました。


滝本の目

前号・今号を通じて、「縮小都市」=「人口減少をはじめとし、『成長』とは逆の動きがみられる都市」に対するドイツの政策をみてきましたが、人口減少・少子高齢化などの変化に晒されている日本では、「コンパクトシティ」という考え方が、都市政策において、活発に議論されています。コンパクトシティとしてよく例に挙げられる富山市をはじめとして、その概念の具体化もされ始めています。

「コンパクトシティ」の定義としては、「徒歩による移動性を重視し、様々な機能が比較的小さなエリアに高密に詰まっている都市形態のこと」
1とされていますが、日本での議論は、この対策目的として、スプロール化の抑制と中心市街地活性化が主に挙げられており、先行する欧州においての「『成長』とは逆の動きがみられる都市」のような定義からは、捉え方の視点が少し異なっているようにみえます。

日本の課題に挙げられているのは、空洞化・衰退した中心市街地をどう活性化するのか、そのために中心市街地の居住者をいかに増やして、商業活動を活性化させるか、に主眼が置かれています。欧州と比べて「人口減少」といえども人口の絶対数は多い、「核」がどこにあるかわからない都市が多い、などの違いはあります。しかし、例えば交通に限っていえば、鉄道やバスなどの公共交通を移動軸とする政策を打ち立てても、徒歩や自転車での移動を快適にすることや自動車利用、移動需要自体をもう少し広い意味で減少させるような都市計画政策までは出ていない、というところに違いがあることがうかがえます。

「コンパクトシティ」も「縮小都市」も掲げる目標や定義などにほとんど変わりがありません。しかし、その打ち出す政策に違いがみられる理由は何でしょうか。

その1つに、政策等の土台としての、コンパクトシティという考え方が成立した過程の違い、が挙げられます。欧州では、持続可能な都市の実現を目指す流れの中で、空間形態・空間戦略として提起され、明確な位置付けのもと、推進されている都市政策モデルであるのに対し、日本の場合は、地方都市のあり方の議論の中から中心市街地の再生を視野に入れて、また大都市における地域再生の議論の中から、コミュニティの再生を目指して展開してきた、という違いがあり、山田良治氏は「日本の場合は[…]サステイナビリティ及びその都市版としてのヨーロッパ的な意味でのコンパクトシティ論に直結していない」
2 と述べています。

人口減少で、否が応でも税収は減ります。そこを、自分たちの街の魅力を上げて、移住者を呼び込むという人を増やす方策だけに取り組むのではなく、呼び込もうとしている人口の総数自体が減る現実を直視し、税収が減った中でも、公共サービスの質を落とすのではなく、人が快適に過ごせる方策を今から練っていくことの方が、近い将来の備えとして、大事なのではないでしょうか。今号で紹介したドイツの事例から、『都市経営の軽量化』という言葉が出てきました。まさに、減少する税収、インフラ費用の抑制などに今後より迫られる都市の問題では、『都市経営の軽量化』というキーワードは非常に重要になってくるのではないかと思います。

しかし、同時に忘れてはいけないのは、コンパクトシティに限らず、都市政策の課題として挙げられる、「自分の街をこうしたい」というそこに居住する市民の考えを反映するしくみの構築です。

ドイツでは、「土地利用秩序」を重んじる伝統があり、ドイツ市民には、「自らの日常の暮らしに関心を持ち、安全で落ち着いた、自然と文化の豊かな生活空間の保全と形成に、地域コミュニティの一員として責任をもつ、という具体的で地に足の付いた、ハイマート(ふるさと)の自然と人への強い愛着」
3 があると、千賀裕太郎氏は指摘しています。そして、都市計画や農村計画などの地域計画に、この価値観が反映されているといいます4 。第6号で紹介した、団地再生プロセスで採用された「オープンビルディング」方式には、この伝統が息づいているように感じられます。

市民の考えを反映するしくみの構築については、すでに多くの指摘があるところですが、人口が減少するからこそ、1人1人の地域の市民の声がより吸い上げられるしくみを作りやすくなるのではないか、と思います。

後記
第6、7号では、「縮小都市」という考え方、その事例を紹介しました。これらの事例は、いずれも、大きく、急激な社会情勢の変化が起こった結果、それに対応してきた事例でしたが、日本が現在経験し、これからもより進んでいくだろうと考えられる、人口減少、少子高齢化等も大きな社会的変化であり、これに対応していくことなく、私たちの豊かな暮らしを、維持・改善していくことはできません。この「豊か」という表現は人によって捉え方が非常に異なることばですが、これからは、状況にあわせて、「小さく、少なく」していくことも、無駄のない、豊かさなのかもしれません。考え方や方向性をがらりと変えることは非常に難しいことですが、いろいろな先進事例をみることで、私たちが、今後どのような考え方の転換を図っていくことが必要なのか、考える良いきっかけにはなるのかと思います。
今号も最後までお付き合いいただきありがとうございました。日本の市町村などの事例収集は不十分なため、市民の声を反映するしくみをはじめとして、縮小に合わせた取組み等ご存知の場合は教えていただければ幸いです。ご感想、ご指摘をお待ちしています。
 
第7号のテーマ

「縮小都市
―より広く快適に、良い具合に小さく、少なく」②

第7号の内容

1.事例の紹介②
2.滝本の目
3.後記
第6号|第8号]















事例②の参考文献:
ウタ・ホーン「ドイツにおける衰退都市・地域への取組み:戦略・手法、プロジェクト」(IBS Annual Report 研究活動報告)(計量計画研究所、2006年)。
松野栄明・吉田純士「人口減少地域における社会資本の再構築に関する研究(都市の再構築に関するドイツ自治体ヒアリング報告)」(国土交通政策研究所年報28号、2008年)。
National Urban Policy of Germany (European Urban Knowledge Network, 2005)
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服部圭朗「旧東ドイツの都市の縮小現象に関する研究――アイゼンヒュッテンシュタットを事例として」研究所年報第23号(明治学院大学経済学部、2006年)。
Lienhard Lötscher, Frank Howest, Ludger Basten. EISENHÜTTENSTADT: Monitoring a Shrinking German City, Dela21 (Department of Geography, Ruhr-University, 2004).
プログラム策定当初は、連邦政府・州・市が3分の1ずつ負担していました。


 年  
 1951 製鉄コンビナート(会社名:EKO-Steel)を中核とした工業都市として計画的に作られた工業都市(アイゼン=鉄、ハッテン=工場、シュタット=都市) 
 1990 東西ドイツ統一(人口50,216人)
3つの溶解炉の営業停止 
 1994 一部の地区(1951~64年建設、スターリンシュタットと呼ばれる)の商業ビル、住宅建物の修繕開始
 1997 ヨーロッパの巨大製鉄会社ARCELORに買収される
 2002 東部ドイツ都市改造プログラム開始
 2005 人口34,818人(1990年からの16年で30%以上の減少)
*アイゼンハッテンシュタットの主要産業である製鉄に関しては、EKO-Steel時代、12,000人の従業員を雇用していたが(1989年)、ARCELORに買収された後、2,700人にまで削減された。






















コンパクトシティに関しては、下記の文献を参照した。
山元陽平・村橋正武『コンパクトシティの考え方と取り組み事例に関する研究』(日本建築学会大会学術講演梗概集(関東)、2011年8月)。
山田良治『都市再生とコンパクトシティ論』(和歌山大学経済学部紀要「経済理論」350号、2009年7月)。
佐藤快信『コンパクトシティに関しての一考察』(長崎ウエスレヤン大学現代社会学部紀要7巻1号、2009年)。

1 EICネット環境用語集「コンパクトシティ  



















2 山田良治『都市再生とコンパクトシティ論』(和歌山大学経済学部紀要「経済理論」350号、2009年7月)。 

日本でもインフラの管理やコストについて、自治体全体で整理・計画をたてている例がみられます。府中市では、「府中市インフラマネジメント白書」(平成24年10月)【概要版PDF 3.80MB】、「府中市インフラマネジメント計画」(平成25年1月)【PDF ①2.71MB ②3.44MB】を策定しています。
取組みの出発点は、高度経済成長期に整備されたインフラの多くが同時期に劣化することから管理費が膨大になる、ことへの対応のためではありますが、インフラコストへの着目、長期的な管理の方向性などは、大変参考になる事例です。



3 千賀裕太郎「レポート:脱原発とランドスケープ(その2の1)」WWJ地球環境メールマガジンEpsilon74号(2012年6月25日)。
4 千賀裕太郎「ドイツの農村総合整備」千賀裕太郎編『農村計画学』(朝倉書店、2012年)。
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